すみま流は仕


「いや。女々しくなんかない。里流は強いよ。きっと俺なんかの数倍強いと思う。じゃ、後でな。」

自宅に入ろうとする彩が傍を離れると、体温が下がった気がした。

ふと振り返った彩が、里流の傍に駆け寄ると唇を掠めた。羽根でなぞったような、優しい小鳥のキス。

仕事中も思い出して、自分の唇にそっと触れてしまう里流だった。

*****

「片桐君。バイト時間なんだけど今日と明日、閉店まで延長できないかな?」

「明日は大丈夫です。嬉しいんですけど、今日はもう予定入れてしまったんで無理です。すみません。」

「そうか。じゃ、明日は閉店まで頼むな。」

「はい。」

声を掛けて来たフロアマネージャーは、里流の母の知り合いで、家庭の事情も良く知っている。
無理はするなよと、帰省した時には優SmarTone 上網先的に時間を割り振ってくれた。

「厨房にも慣れているし、片桐君は人当たりが良いから使いやすいんだ。酔っ払いにも優しいしね。」

微笑む里流は仕事で帰りの遅い母親に代わって、家事もこなしてきた。だから一通りの料理もできる。
調理師免許は無くても、厨房での調理補佐が出来るので、忙しい居酒屋で重宝されていた。

「大学を卒業したら、うちのチェーン店の店長候補にならないかい。君ならいつでも推薦してあげるよ。就職口としても、うちは結構、人気あるんだよ。」

「勧誘しちゃ駄目ですよ、店長。この子はガッコの先生になるんですからね。な?」

「なれればいいですけど……。がんばります。」

「何かさ、片桐君が頑張りますって言うと、応援したくなっちゃうよねぇ。不思議だね。殺伐としてた店内も、何となくほのぼの~穏やか~になっちゃうし。」

「ははっ……褒めても何も出ませんよ?生ビール行ってきます。」

生ジョッキを片手に4つずつ持ち、里流はホールに消えてゆく。背中を見ながら店長がしみじみと口にする。

「……ほんとに、いい子だね~」

「でしょ?母子家庭なんだけど、勉強も良く出来てね、大学も奨学金が出たから行く気になったらしいんだ。」

「うちのバカ息子とは比べ物にはならんな。」

「やっぱり頼れる親がいるといない數碼通んじゃ、違うんでしょうね。マネージャーの所はまだありがたみが分かってないだけですよ。」

やっと区切りをつけて、里事を終えた。
時計を見ると、すでに11時近い。

「もういないかも……あ……!」

視界に入った黒い影が、手を振った。

「彩さん。寒いところで待たせてせん、うまく注文が切れなくて。」

「いや。無理に誘ったのはこっちの方だからな。行こうか。」

先に立った彩を思わず追った里流だったが、どこへ行くのだと言うのだろう。
僅かな甘い期待と、立ち上る不安が交錯する。

「彩さん?あの、どこへ?話をするんだったら、こっちの方にもう開いている店は有りませんよ。ファストフード店なら駅前じゃないと……」

街燈の灯りで、彩の表情はよく見えた。
心なしか緊張しているように見える。
ややあって、彩は素面で昨夜と同じ言葉を口にした。

「ホテルへ行こう、里流。」

「……何言ってるんですか。いやです。理由が有りません。」

抗う里流の腕を、彩は強く掴んだ。目が光る。

「里流にはなくても、俺にはあるんだよ。」

「……いやですっ!」

里流は思わず手を振りほどき、駆けだした。
昨夜の別人數碼通のような彩がそこにいる気がした。

里流は悲しかった。
酒の上の事と、全てを忘れてしまおうと思ったのに、話を蒸し返して彩は何を考えているのだろう。